新盆


コロナ禍 “第7波” の、行動制限が解かれたので‥、
お盆に帰省した、叔母たちに会いました。
(叔母たちは、80歳を超えています)

3年ぶりです。

何時かは、その日が来るとは思っておりましたが、
1月の末に、母を亡くしました。

最期を看取とり、新盆を迎えたところです。

家庭の要として、
静かに、確かに、生きた母でした。

亡くなる前の数年は、認知症となり、
家族との会話も、成り立たなくなりましたので
少し淋しくもありました。

ですが、ありがたいことに
お薬を必要とする病気もなく
痛い、痒いもなく、穏やかに過ごす毎日でした。


母を亡くしたばかりの時には
すぐには感じなかった寂しさが‥

次第に、静かな深い喪失感となって
胸の奥に、積もってきました。

☆。。。。。☆。。。。。☆

母の新盆に、お供えしようと
求めてきたのは《すだれ団子》


その昔、お盆になると
お墓参りに来てくれる親戚のために
母がいつも作っていたのが
軽いおやつの《すだれ団子》でした。


お盆は
お墓参りに行けば、親族の誰かに会える日。

親戚たちは、
頃合いを見て、集まり
ゆっくり、おしゃべりを楽しみにしていましたし、

母は、その時間を大切にしていただきたいと
お待ちしていたようにも思います。


甘いのはチョットと‥言う方にの為には、
冷たい《ところてん》を。

さっぱりとした甘さの《西瓜》も、
暑い中、お墓参りに来てくれたお客さまへの
せめてもの、心づくしでした。

ご仏前には、
果物、夕顔 、 かぼちゃの煮つけ、 茄子の漬物など、
畑で育てた野菜での、素朴な手作りの精進料理を。

ご先祖さまには、彼岸から帰って、
いつもの家の味を楽しんでほしい‥の思い。

ささやかではありますが、
心を込めてのお膳をお供えしたものでした。

今では、
母が元気な頃のようなことは、できくなりましたけれど‥。



新盆の為に、盆提灯を点けて
母をお迎えしました。

コロナ禍のために、
病院へのお見舞いや、葬儀の仕方など
全てが変わってしまったことを、実感しました。

葬儀所への出棺の折には、
ご近所の方々が、門送りに来て下さり、

その後は、
家族と縁の深い身内だけでの、見送りとなりました。


昭和2年に生まれ、93歳の生涯でした。

昭和の大戦を挟んで、世の中を覆う閉塞感のコロナの時代まで、
大家族の、“嫁さん”・“母さん”・“やさしい婆さん”として生きました。
地域の中の役割や、たくさんの親戚との付き合いなども、
丁寧にしてきた母でした。

自分には厳しく、誰に対しても公平で、
誠実な生き方を貫いた母だったと思います。


私たちは、子育ての時代を終え、
定年後に故郷に戻り
父を見送り‥、母を見送り‥。

両親との時間を、近くで持つことができました。

「お母さん、ありがとうございました」
感謝を伝えることができましたし、安堵も覚えています。

新盆を過ごし、
やっと気持ちに、区切りがついてきたところです。

母の笑顔ばかりが、思い出されます。

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佐渡の柿餅本舗

2009年秋、佐渡へ移住。
「佐渡の特産を使い、昔から食されてきた柿餅を、佐渡のお菓子として多くの人に知ってもらいたい」という想いから、商品化に乗り出しました。

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